東かがわ市・安戸池「スマート牡蠣養殖 ADOMILK」視察報告

安戸池の現場で、養殖の歴史・技術・人のつながりを学ぶ
この視察で持ち帰った核心
「スマート」とは人を不要にする自動化ではなく、先人の知恵と現場の経験をデータで次代へ渡し、人の挑戦を支える仕組みである。
視察の概要
| 視察日・場所 | 2026年7月30日 香川県東かがわ市・安戸池 |
| 視察テーマ | IoTを活用したスマート牡蠣養殖と、生食用ブランド牡蠣「ADOMILK(アドミルク)」 |
| 視察目的 | 海洋都市としての独自産業、環境に配慮した持続可能な漁業、横須賀の地産漁業への応用可能性を学ぶ |
| 主な推進主体 | 東かがわ市、引田漁業協同組合、株式会社ソルトレイクひけた、牡蠣養殖の技術企業、大学等 |
| 最大の学び | 技術だけではなく、約100年にわたる挑戦の歴史と官民の対等な連携が事業の土台になっていること |
「スマート=自動化」という先入観が覆された
「スマート牡蠣養殖」と聞いた時、私は最新機器が作業を代替し、養殖が自動化されている姿を想像していました。ところが、実際に安戸池で目にしたのは、漁業者が船を出し、一つひとつのカゴに向き合い、牡蠣の状態を確かめながら手を動かす現場でした。そこにIoTが加わり、水質や生育の変化を見える化し、判断を支えていました。
技術が人に取って代わるのではなく、人が積み重ねてきた経験を共有可能な知識へ変え、新たな担い手が挑戦しやすい環境をつくる。安戸池の「スマート」は、効率化だけを目指す言葉ではありませんでした。現場の努力、データ、行政の調整、民間の技術が結びついた時、初めて持続可能な産業になる。その事実に、私は強く心を動かされました。
安戸池に息づく、約100年の「つくる漁業」
安戸池は、海とつながる静かな海水池です。この場所で野網和三郎は、漁獲量の減少を憂い、1927年にハマチ養殖を始めました。東かがわ市は、1928年に世界で初めてハマチ養殖に成功した「挑戦の池」として安戸池を紹介しています。野網は多くの苦労と失敗を重ねながら、父・佐吉の理解と協力を得て、今日のハマチ養殖の礎を築きました。
東かがわ市「野網 和三郎(のあみ わさぶろう)」更新日:2026年3月31日
https://www.higashikagawa.jp/kosodate_kyoiku/kyoikuiinkai/furusatokyouzai/5/7389.html
東かがわ市「生食用牡蠣『ADOMILK』、ワーサンにて土・日・月曜数量限定直売開始!」更新日:2025年8月29日https://www.higashikagawa.jp/soshikikarasagasu/senryaku/gyomuannai/837/ADOMILK/6792.html
現地で歴史の説明を受け、私が強く感じたのは、ADOMILKが突然生まれた新規事業ではないということです。「獲る漁業」から「つくる漁業」へ踏み出した先人の挑戦、失敗しても諦めなかった研究、地域の支え合い。その約100年の蓄積の上に、IoTを活用した牡蠣養殖という次の挑戦が立っています。
歴史がブランドの背骨になる
ADOMILKの価値は、牡蠣のおいしさだけではありません。「挑戦の池」で再び新産業を育てるという物語そのものが、地域固有のブランド価値になっています。

なぜ、いま牡蠣養殖なのか
海面魚類養殖では、餌代や燃料代、日々の給餌作業などが経営と労働の大きな負担になります。一方、牡蠣は海水中の植物プランクトンを取り込んで育つため、成品養殖では外部から餌を与える必要がありません。東かがわ市のモニターツアー報告でも「エサ代は0円」と紹介されています。
もちろん、牡蠣であればどこでも同じように育つわけではありません。水温、塩分、溶存酸素、植物プランクトン、潮の流れ、衛生環境などを継続的に把握し、その海域に合った管理を行う必要があります。だからこそ、牡蠣の生態上の強みと、データに基づく管理を組み合わせる意味があります。

ADOMILKを育てる「シングルシード方式」
ADOMILKでは、稚貝を一粒ずつ専用のカゴに入れて育てる「シングルシード方式」が採用されています。一般的な垂下式のように牡蠣を連にしてロープでつるすのではなく、成長段階に応じて大きさを選別し、カゴの中の密度を調整しながら育てます。株式会社リブルは、この方式と海洋環境・生育データの蓄積、分析を組み合わせ、「誰でも、どこでも、いつでも」再現しやすい養殖技術の構築に取り組んでいます。


株式会社リブル 公式サイト「リブルの技術力/会社概要」
https://reblue-k.com/
カゴをひっくり返す「干出」が品質をつくる
現場で特に印象に残ったのが、養殖カゴを定期的にひっくり返し、牡蠣を一定時間海面から出す「干出(かんしゅつ)」です。牡蠣は水から出ると殻を閉じるため、貝柱が鍛えられます。再び海中へ戻ると栄養を取り込み、身入りの良い牡蠣へ育っていきます。さらに、カゴが動くことで牡蠣同士がぶつかり、殻の先端が削られ、丸みと深さのある形に整っていきます。東かがわ市も、カゴの反転によって「ぷっくり身の詰まった」牡蠣が育つと説明しています。
東かがわ市「生食用牡蠣『ADOMILK』、ワーサンにて土・日・月曜数量限定直売開始!」更新日:2025年8月29日https://www.higashikagawa.jp/soshikikarasagasu/senryaku/gyomuannai/837/ADOMILK/6792.html
東かがわ市「五感で楽しむ牡蠣モニターツアー開催」更新日:2025年9月2日
https://www.higashikagawa.jp/soshikikarasagasu/senryaku/gyomuannai/2/7035.html
使用する三倍体の牡蠣は、産卵による身質低下が軽減されるため、季節に左右されにくい出荷につながります。市の公表では、ADOMILKは提供前に18時間以上浄化され、年間を通じてうまみを保ちやすいことも特徴とされています。
東かがわ市「生食用牡蠣『ADOMILK』、ワーサンにて土・日・月曜数量限定直売開始!」更新日:2025年8月29日https://www.higashikagawa.jp/soshikikarasagasu/senryaku/gyomuannai/837/ADOMILK/6792.html
株式会社リブル 公式サイト「リブルの技術力/会社概要」
https://reblue-k.com/
IoTは「経験」を消すのではなく、共有できる知恵に変える
安戸池では、水中センサーによって塩分や酸素量などのデータをリアルタイムで収集し、必要な作業を漁業者に知らせるアプリを活用しています。視察時の説明では、水温や溶存酸素など5項目を20分間隔で計測し、スマートフォンへ送信しているとのことでした。
東かがわ市「令和5年10月3日 IoTを活用したカキの試験養殖が開始されました」更新日:2023年10月6日https://www.higashikagawa.jp/soshikikarasagasu/senryaku/gyomuannai/2/4856.html
蓄積したデータは、牡蠣が弱った時や大量に死んだ時の原因を振り返る材料になります。水温が高かったのか、酸素量が下がったのか、干出の回数や時間は適切だったのか。感覚だけで終わらせず、データを確認して次の作業へ反映する。この改善の循環が、品質の安定と担い手育成を支えます。
東かがわ市の令和6年度PDCAチェックシートには、スマート牡蠣養殖アプリの利用者7名、成品歩留率65%、展開エリア2カ所という実績が記載されています。また成果指標として、水産デジタル人材7名、サービス満足度4.5ポイント、所得向上31%という数値も示されています。ただし、満足度や所得向上率の算定母数・算定方法は当該1枚の公開シートだけでは確認できないため、数値を他地域へ単純に当てはめることはできません。
東かがわ市「令和6年度 PDCAチェックシート:IoTを活用した牡蠣養殖による東かがわ市水産業持続的発展事業」https://www.higashikagawa.jp/material/files/group/25/0406iotwokatuyousitakakiyousyokuniyoruhigashikagawashisuisanngyouijitekihattennjigyou.pdf
官民連携を「発注関係」で終わらせない
この事業を支えているのは、東かがわ市、引田漁業協同組合、安戸池周辺施設を運営する株式会社ソルトレイクひけた、牡蠣養殖のノウハウを持つ企業、大学などの連携です。市の公式発表によれば、2023年10月から試験養殖が始まり、センサーとアプリを活用しながら「経験がなくても取り組める養殖」と、新たな活躍の場を目指してきました。
東かがわ市「令和5年10月3日 IoTを活用したカキの試験養殖が開始されました」更新日:2023年10月6日https://www.higashikagawa.jp/soshikikarasagasu/senryaku/gyomuannai/2/4856.html
東かがわ市は2022年7月に官民連携基本方針を策定し、社会的価値と経済的価値を両立させ、市民に利益をもたらすことを目標に掲げています。その三原則は、①互いの立場を尊重した対等な対話、②前例にとらわれず失敗を許容し、小さくとも社会的インパクトを生み出すこと、③他地域の模倣に終わらず、市の特色を踏まえた「+α」をつくることです。
東かがわ市「東かがわ市官民連携基本方針」令和4年7月
https://www.higashikagawa.jp/material/files/group/4/higashikagawashikanminrenkeikihonhoushin.pdf
行政が資金を出し、民間が請け負うだけでは、予算が終われば関係も終わりかねません。安戸池では、行政が調整力や地域との信頼、実証の場を提供し、民間が技術と事業化の知見を持ち寄り、漁協が現場を支える。互いの強みが交換されていることが、継続性の源になっていると感じました。
生産だけで終わらない―食・観光・資源循環・福祉へ
ADOMILKは、2025年2月にブランドとして提供を開始しました。現在はワーサン亭での提供や直売に加え、地域の新しい顔として展開されています。東かがわ市の公式情報では、2025年に漁場見学、牡蠣殻アート、牡蠣ディナーを組み合わせたモニターツアーを実施。2026年2月の誕生1周年イベントでは、牡蠣殻を活用したキーホルダー「あどみるくん」の限定商品が即日完売したと報告されています。
東かがわ市「五感で楽しむ牡蠣モニターツアー開催」更新日:2025年9月2日
https://www.higashikagawa.jp/soshikikarasagasu/senryaku/gyomuannai/2/7035.html
東かがわ市「ADOMILK誕生1周年記念イベント」更新日:2026年2月20日
https://www.higashikagawa.jp/soshikikarasagasu/senryaku/gyomuannai/2/7445.html
視察時には、規格外の殻をキーホルダーなどへ生まれ変わらせ、その制作を福祉事業所と連携して行う取り組みについても説明を受けました。公開情報で確認できる範囲ではキーホルダーの製造・販売は確認できますが、福祉事業所との具体的な契約内容や就労実績は公表資料だけでは確認できません。そのため、ここでは視察時に示された展開事例として紹介します。
東かがわ市「ADOMILK誕生1周年記念イベント」更新日:2026年2月20日
https://www.higashikagawa.jp/soshikikarasagasu/senryaku/gyomuannai/2/7445.html
牡蠣を育てて販売するだけでなく、食堂、観光、体験、教育、グッズ、福祉へと価値を広げる。これにより、一つの水産物が地域を訪れる理由になり、仕事を生み、地域の物語を伝える媒体になります。私はこの「産業を中心に地域全体の価値を高める発想」に、大きな可能性を感じました。

同じ海洋都市・横須賀が学ぶべき5つの視点
横須賀は東京湾と相模湾に面し、漁業、観光、食、港湾、研究機関など多様な海の資源を持つ都市です。一方で、安戸池の方法をそのまま持ち込めば成功するわけではありません。海域環境、漁業権、既存の漁業、流通、衛生管理、採算性を横須賀の条件に合わせて設計する必要があります。
東かがわ市の三原則が示すように、模倣ではなく「横須賀ならではの+α」をつくることが重要です。
POINT◆ 海域と資源を見える化する:水温・塩分・酸素量・プランクトン・潮流などを調査し、養殖や蓄養に適した条件を整理する。
◆ 小さく実証し、数字で判断する:既存漁業者とともに小規模な試験から始め、生存率、品質、作業時間、売価、環境負荷を測る。
◆ 熟練者の知恵を次世代へ渡す:現場の経験をデータと作業記録に結びつけ、若手や新規就業者が学びやすい仕組みにする。
◆ 販売から逆算して設計する:生産量だけを目標にせず、地元飲食店、直売、学校給食、観光、ふるさと納税など、販路とブランドを同時につくる。
◆ 海の循環を地域の循環へ広げる:副産物の活用、福祉事業所との連携、環境教育、体験観光を組み合わせ、市民に利益が戻る構造をつくる。
まず必要なのは「横須賀の海を知る共通基盤」
横須賀で第一歩として考えたいのは、行政、漁協、漁業者、研究者、飲食・観光事業者、福祉関係者が同じテーブルにつき、海域データと地域課題を共有することです。どの魚介類が適しているかを先に決めるのではなく、「横須賀の海で、環境と経営を両立できる産業は何か」を共に探る。その上で、実証の目的、期間、費用、評価指標、失敗時の検証方法まで合意して進めることが必要です。
おわりに―技術の先にあったのは、人の絆だった
今回の視察で最も心に残ったのは、最新技術の性能そのものではありませんでした。約100年前、周囲に笑われても諦めず、支えてくれる家族や仲間とともにハマチ養殖へ挑んだ先人。その精神を受け継ぎ、行政、漁協、企業、大学、地域の人々が再び安戸池に新しい産業を育てようとしている姿でした。
海洋都市・横須賀にも、長い歴史と現場の知恵、豊かな海、人をつなぐ力があります。データを使う目的は、人の経験を否定することではなく、知恵を未来へ渡し、新しい挑戦者を増やすことです。安戸池で学んだ「歴史×人×技術×官民連携」の考え方を、横須賀の環境に合った持続可能な地産漁業と新たな海洋産業の検討に生かしてまいります。
横須賀市議会議員:ひろなか信太郎